大津地方裁判所 昭和25年(ヨ)31号 決定
五名選定当事者
申請人 西堀定一
被申請人 中川善之祐
一、保証 無保証
二、主 文
被申請人が昭和二十五年四月十八日に変更した中川煉瓦製造所就業規則中就業時間についての第九条の規定はその効力を生じないことを仮に定める。
被申請人は右製造所の就業時間につき変更前の就業規則の規定によらねばならない。
申請人のその余の申請はこれを却下する。
申請費用はこれを三分しその一を被申請人の負担としその余を申請人の負担とする。
三、理 由
第一申請の要旨
(一) 申請の趣旨
被申請人が昭和二十五年四月十八日中川煉瓦製造所就業規則中変更した勤務時間についての第九条及び出来高給についての第三十九条の各規定はいずれも無効であることを仮りに確認するとの仮処分命令を求める。
(二) 申請の理由
被申請人は中川煉瓦製造所を経営し、申請人及びその選定者等はいづれも被申請人の事業場である滋賀県蒲生郡岡山村大字舟木の煉瓦製造工場の従業員であるが、同工場の全従業員は夙に中川煉瓦労働組合を結成し、昭和二十四年七月二十八日被申請人との間に労働協約を締結し、右協約において就業時間、給与等の労働条件を定め、この労働協約は、自働的更新を経て昭和二十五年七月二十四日まで効力を有することとなつていた。他方被申請人は就業時間、給与等につき右協約に合致する就業規則(別表第一)を設け、これを実施してきた。ところが被申請人は、昭和二十五年四月十二日労働協約上の協議機関である定例労資協議会において、組合に対し、突如賃下げを申入れるに至り、同協議等において二囘に亙り審議を重ねたが組合は終始右賃下げに反対したところ、被申請人は協約に定められた労働条件を無視し、同年四月十八日就業規則中勤務時間についての第九条を始業時刻午前八時終業時刻午後五時三十分と変更し、同じく出来高給についての第三十九条を各作業全般に亙りその単位賃金を低下せしめることとし(別表第二)その変更届をなしたので、組合は滋賀県地方労働委員会に、右賃下げに関する紛争の調停を申請し、同委員会から従前の出来高賃金よりも低い調停案を示されたが、組合はこれを受諾せず調停は不調に終つた。その後被申請人は組合員に対する個別交渉により組合の切崩しを策したため、同年七月十九日組合大会に於て組合解散を要求する者が多数を制し、組合は同日解散するに至り、従つて労働協約も亦失効した。その間被申請人は前記変更就業規則による就業時間及び出来高給の規定を同年五月二日から一方的に実施しているのである。
しかしながら、就業時間、賃金等の如く労働契約の要素をなす主要な労働条件は当事者の合意によつてのみ決定されるべきことは労働法の原則であり、労働基準法は、第九十二条において「就業規則は労働協約に反してはならない」と規定し、また第九十三条において「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は無効とする」旨を定めて就業規則によつて契約に定めた労働条件を低下させてはならないことを規定し以て労働協約及び労働契約の就業規則に対する優位を宣明している。従つて、就業規則を以て規定しうる労働条件は、既存の労働協約又は労働契約に反しない範囲において、それらにより定つた基本的労働条件の履践方法たるものに限られねばならぬことは当然であつて被申請人が変更した就業規則の前記部分は既存の労働協約又は労働契約に違反し当然無効のものといわねばならない。然るに被申請人は前記のように、変更就業規則の規定を一方的に実施し、変更前の就業時間及び賃金の定めを履行しないので、申請人は目下、右変更就業規則無効確認並びに賃金支払請求の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、申請人及びその選定者等はいずれも本件製造所の工員たることが唯一の職業であつて他に収入の途なく本案判決に至るまでかかる経済的不利益を認受して行く生活上の余裕がないので本件仮処分申請に及ぶものである。
第二答弁の要旨
(一) 申請の趣旨に対する答弁
申請人の申請を却下するとの裁判を求める。
(二) 申請の理由に対する答弁
申請人の主張事実中被申請人の事業、申請人及びその選定者等がいずれも被申請人の事業場の従業員であること、労働協約締結の事実、昭和二十五年四月十二日以降賃金協定につき二囘に亙り協議会を開いたこと、被申請人が申請人主張のように就業規則を変更したこと、滋賀県地方労働委員会の調停に関する事実及び中川煉瓦労働組合の解散等に関する部分はいずれもこれを認めるが、その余の主張事実は争う。
そもそも中川煉瓦製造所は県下の他の同種事業と同様毎年四月一日から十一月末日までの間に限り操業し原土製品等の冷凍し易い寒冷期は製造を休止するのが従来の慣例になつてをり、売残品の整理出荷、設備の修補等の雑務作業をなすため必要があるときは寒冷期に若干の工員を使用することもあるがそれは全臨時例外的のことに過ぎない従つて従業員の賃金給与は毎年四月の製造開始に際し新規に決定しているのであり、従業員は毎年原則として四月一日に新規に雇入れその雇傭関係はその年の十一月末日を以て終了し、例外的に右の製造休止期間に居残らせる者も遅くとも翌年三月末日までに自然退職することとなるわけであり、従業員の賃金も毎年四月の製造開始時期に於て当該製造期間における煉瓦の需給情況その他一般業界の経済諸情に即して労使双方の直接話合によつて新規に取決められることになつているのである。
申請人及びその選定者等は昨年の製造休止期間中たまたま居残り就労していた者であるが、前記の如き雇傭条件に従つて本年三月末日に一旦退職し四月の製造開始と共に新規に雇入れたこととなり他の従業員等と共に本年度の賃金取決めの交渉中本件紛議を生ずるに至つたものであつて、被申請人において「突如組合に対して従業員の賃下げの要求申入れをした」というが如き申請人の主張は全然事実に添わない主張というの外はない。而して昭和二十四年五月初旬頃当時の中川煉瓦労働組合の組合長西堀定一と副組合長南源次郎との両名は百三ケ条に亘る体系的且つ浩澣な公式的協約案を被申請人に呈示し、これに基いて労働協約の締結を要求し来り、被申請人は小事業経営者としてかかる労働協約に関する智識なきまま半強制的に組合側の呈示案の文例に従つて協約締結を余儀なくされたものであるが、その内容は上述の如き小規模な季節的特殊製造工業たる被申請人の事業場に対しては甚だしく不適切であつて実際に行われ難く、また実体の存しない仮空の条項が多くかくの如き協約は有名無実に等しいものであるばかりでなく、上述の通り全従業員の雇傭関係が毎年十一月末日の製造期間と同時に失われてしまう本件事業において労働組合並びに労働協約がその後に亘つて存続するいわれはなく更にまた、昭和二十五年七月十九日の臨時組合大会において前記組合が解散したことは申請人の自ら主張するところであるから、少くともこれと同時に協約の当事者としての労働組合は消滅し協約もまた当然失効したものといわねばならない、以上の説明するところで明らかなように、被申請人が本件係争就業規則の変更に当つて、従業員たる申請人及びその選定者等の労働協約又は労働契約上の既存の権利を一方的に侵害したという如きは全然ないのであるからこれが無効となるいわれはない。
第三当裁判所の判断
被申請人が滋賀県蒲生郡岡山村大字舟木所在の中川煉瓦製造所の経営主であり、申請人及びその選定者等はいずれも昭和二十四年四月被申請人の右製造所に雇われて煉瓦の製造に従事していたが同工場の全従業員は同年同月中川煉瓦労働組合を結成し、次で同月二十八日被申請人と右労働組合との間に労働協約が締結され、その後右協約は自働的に更新され翌二十五年七月二十四日迄有効期間が延長されるに至つたこと並びに被申請人は昭和二十四年七月二十六日既存の労働契約と同一内容の就業時間及び給与を定めた就業規則を作成実施してきたが昭和二十五年四月十八日右就業規則中就業時間を三十分間延長し且つ出来高給の基準額を全作業に就き一せいに低下せしめるよう就業規則の各規定変更してこれが届出をなしたことはほぼ当事者間に争いのないところである。
そこでまず、右変更就業規則中就業時間に関する部分の効力の有無についてかんがえてみるのに、本件労働協約第二十八条によれば「労働日の就業時間は九時間とする」と規定されていることは疏第一号証によつて明かであるのに、右変更就業規則においてはこれが右協約の定めよりも三十分間延長された九時間半になつているのであるから、該変更規定は労働基準法第九十二条第一項の規定に背馳するものであつて、その効力なきものといわねばならない。
被申請人は本件事業場の従業員は昨年十一月末又は本年三月末を以て全員が一旦退職となり、従つて労働組合及び労働協約も同時に解散消滅していると主張するけれども少くとも申請人及びその選定者等は引続き残存して製品の整理出荷又は設備の修補に従事して本年四月に及んでいることは、被申請人も認めるところであるのみならず被申請人の事業はその製造期間は限定されているとしても、事業自体は継続的のものであり、且つ従業同地方に居住するほぼ同一の労働者が従業してきたことは本件疏明の全体から認められるところであるから、被申請人及び従業員相互間には、特に反対の意志表示なき限り雇傭関係を継続する諒解が存するものと解すべきであり、従つて被申請人事業場の労働者はすべて期限の定めなく雇傭されているものであり、後に、認定するように賃金給与は毎年製造開始期に改訂される旨の特約は存するが労働契約自体は各年度に亘り存続するものと考えられるから特に反対の疏明のない本件に於いては申請人等の従業員たる地位は終始継続していたものと考えるのが正当であり、労働組合はその構成員の異動に拘らず存続し従つて労働協約も亦昨年度より本年度に亘りその効力を持続していたものと云わねばならない。而して右労働協約はその後昭和二十五年七月十九日に至つて労働組合の解散の結果その効力をうしなうに至つたことは当事者間に争いのない所であるが協約の存続中これに反して定められた為無効たるべき就業規則が協約失効によつて当然有効となるいわれはなくしかも被申請人が右無効の変更就業規則による勤務時間を実施強行する時は従業員等は差当り時間外労働に対する割増賃金の支給をうけ得ない結果となるのであつて右就業規則の無効であることを明確にしておくことは申請人及び選定者等の直ちに蒙むることあるべき損害を防止する為必要ありというべく本件申請中右の部分は正当としてこれを認容すべきものである。
次に本件変更就業規則中給与「出来高給」に関する部分の有効無効について判断するに疏第一号証によれば本件労働協約第四十六条に於いては「賃金給与に関する事項は別に定める給与規定により支払う」と規定してあるが書面に作成し当事者双方が署名捺印し協約の附属規定として効力を有する給与規定なるものは本件に於いては未だ存在せず(申請人が疏甲第六号証として提出している給与規定はその体裁よりして事業主たる被申請人側より提示した案文に過ぎないものと認められる)結局労働協約中には賃金給与の具体相内容についての定めはなかつたというべきであるからこの点からすれば就業規則中賃金給与についての規定が労働協約に違反するという問題を生ずる余地はあり得ない結果となるなお右協約第七十九条によれば賃金等就業条件に関する事項は労資協議会に於いて審議されなければならない旨規定されているけれども(同条第二号)これは労働契約の内容を決定又は変更するについては適用さるべき規定であつて使用者の就業規則の制定を制限拘束する効力を有するものと解すべきものではないそこで進んで労働契約に対する関係につき考えてみるに、労働契約と就業規則との関係を規定する労働基準法第九十三条は、就業規則に定める労働条件をして、当該事業場における労働者の最低限度の労働条件の保障たるべき効力を認めたに止まり就業規則よりも有利な労働条件を定める労働契約の有効であることは勿論であるから、申請人の見解のように、本条が就業規則を以つて既存の労働契約よりも不利な労働条件を定めることを禁ずる趣旨を含むと解すべき余地は全くなく、また就業規則を以つて賃金労働時間等を規定することを禁ずる法律上の根拠もない。従つて使用者が就業規則を既存の労働契約よりも不利な労働条件に変更することはもとよりその自由であり、而もそのことによつて既存の労働契約には何らの影響なく、労働者は既存の労働契約による権利義務を保存するものというべく、本件就業規則の変更が既存の労働契約に反する故を以つて直ちに当然無効であるという申請人の主張はその理由がない。のみならず被申請人の事業場における従業員の賃金は毎年四月初めにおけるその年度の作業開始に当つて労使双方で協議決定される慣例によつており、従つて昭和二十四年度の賃金の定めはその年度限りのものであつて昭和二十五年度の賃金はこれとは別に全く新に定められるべきであり、申請人及びその選定者等と被申請人間の労働契約も右のような特約のもとに締結されたものとみるべきであることは、疏第一号証及び被申請人審訊の結果等によりほぼ明かな所であるから申請代理人の所謂賃金の点についての既存の労働契約なるものは存在しないこととなり以上いずれの点からしても本件出来高給についての就業規則変更を無効とすべき根拠を見出し得ない。
よつて当裁判所は申請人の本件申請中勤務時間についての就業規則変更に関する部分はこれを理由ありとして認容すべきもその余の部分はこれを失当として却下すべきものとし、且つ右許容する部分についても申請人に保証を立てしめる必要なしと認め申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条をそれぞれ適用して主文のように決定する。
(裁判官 小石寿夫 長瀬清登 東茂夫)
別表<省略>